紅天太郎プロフィールの最近のブログ記事

この2年間いろいろなことがあり、

そして明日から新しい小さな一歩のはじまりだと感じるので

考えや気持ちをプロフィールとして整理しようと思っています。


トランス武道研究会の目標は、

「無敵・無敗」

です。


いつも楽しく過ごして、敵をつくらない。
敵も仲間にしてしまう、大きな心を持ちます。

必死に勝たなくても良いんです。

負けなけないように生きて行くためのメソッドを追求しています。


しかし、自分の方向性がしっかりしていないのに
新しい業種に飛び込んだため、結果は失敗です。


人生で初めて「クビ」だと言われました。


今まで新体道の考えをベースに稽古の日常化だと思って
突き進んできましたが、ここで私の考えなのか稽古なのか
限界が来たと思っています。


近藤等則さんのアルバムに「空中浮揚」というのがありますが

「空中分解」っていう感じです。


人間迷いながらでもなんとかやって行けるもんだなぁという思いと
迷っていると何か捨て去らなければならないものに執着し続ける弱さ

そんなものを感じています。

新体道ではゼロ化とかヘチマ化とかいいますが、どういうことを指すのか
はっきりわかりませんが、今まで経験した事がない「クビ」だと言われて
何かそれを垣間みられたような気もします。


今までやってきた事、成功して自信を持っていた事

そういうことが全部否定され、初めて見えた物があったように思います。


ある映画の中でアメリカの自殺の名所の橋から飛び降りて助かった人の
インタビューが流れていました。

「飛び降り自殺する全ての人が、橋から地面までの最後の3分の1の距離に到達したとき

人生で解決できないことは何一つない事に気づく、すべての人が」


実際に死んでしまった人からはインタビューできないと思いますが、
その人にはそれが解ったんだろうと思います。


クビだと言われてから急いで仕事を探して、

これが次に自分の目指すところではないか

そう思える社長さんに出会い、募集している職種は私に合わないのに
私のためにポジションを用意していただけることになり
明日よりそこの会社で働くことになります。

まだまだ道のりは長いですが、今日が一つの区切り

そんな気がします。


武道的なことを勉強したいと思い格闘技もたまにいっていますが、
新体道はやはり真剣勝負の場では、断然にレベルが違います。


稽古を日常化して、そして現代の戦場をビジネス場だと仮定します。


実際、日本では交通事故で死ぬかたより
自殺する人の方が多いと言います。


そしてそれは男性に多いそうです。


今、日本では戦争はありませんが、死者がたくさん出ている場所となると
やはりビジネスの世界で、「死」を感じる身近な場所というとことになると思います。


新体道は試合がないので、実戦できるところがないか?
そう思って他の武道や武術を探してみたり

一時期、麻雀の桜井章一氏が有名になったとき
麻雀だと擬似的に実戦を体験できるんじゃないか?
そうも考えていました。


そんなことしなくても、仕事してるとそれが実戦だとやっとわかりました。
しょっちゅう中央線が止まっているのは、そこが戦場だからでしょう。


次の就職先を決めるとき、面接を短期間にかなり受けました。


うまく行かない時に思ったのが

「まだ神様が許してくれないから、次が決まらないんだろう
私にはまだ何が足りないのか?」

いつもそんな風に思っていました。

神様というのか、ブラフマンというのか、
新体道的には天真ということになるのでしょうか


新体道をはじめたとき
岡田先生から

「新体道はライフワークしたら良いですよ」

と言われましたが、


今、まさにそうなっています。


いろいろあったからこの文章を書いていますが


もしこの文章を書くために私が経験したいろいろ起こっていたとしたら

すごい時間とすごいお金をかけ、様々な登場人物が出演し、そしてとてつもない精神的ストレスを受けました


それに比べて、こんな短い文章しか書けないとは...
高校生のころはパンク音楽が好きだったのですが、簡単な3コードを覚えて自分なりに曲を作っているうちにコード理論を勉強したくなり、いろいろな本を買って勉強していました。

コード理論を勉強しているとジャズがそういうことを体系づけて学べる音楽だということを知りました。父がジャズが好きだったこともあり、もう父も聴かなくなったレコードを漁っていると、結構有名なミュージシャンのものがあり、それを聞きながら家にあったピアノでコードを勉強しはじめました。

元々クラシックギターをやっていたのでギターは弾けましたが、ピアノはとにかくコードを勉強したいので、一人で試行錯誤しながら弾いていました。しかし、独学では限界があるので、家の近くのピアノ教室に電話しまくりましたが、当時は今のように大人のピアノ教室等はなく、ピアノや習い事は子供から始めるというのが常識であったので、電話すると

「今、何歳ですか?18歳ですか、はじめるのは遅いですね」

なんて言われることもありました。

日本ってなんて幅の狭い国なんだ!と本当に腹が立ったことを思い出します。

アメリカではジャズを教えている大学があるということも知りました。
そんな私を見ていた母が、新聞の折り込みチラシに出ていたピアノ教室を教えてくれました。
アメリカの大学院で音楽を勉強した人が、アメリカスタイルのピアノ教室をやっているということでした。
実家は奈良で、家の近くでした。奈良にそういう人がいたというのも今考えると運が良かったと思います。

そういう経験もあり、日本人はなんかみんな一緒にいるし、なんか独創性が無いし、ピアノ習うのも子供からしかチャンスがない、なんて人の可能性を伸ばさない国なんだ!、それに比べそんなピアノ教室が存在するなんて、アメリカはなんてすごい国なんだ!と思っていました。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち紅天太郎プロフィールカテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは空手です。

次のカテゴリは脳内麻薬的音楽です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。